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2007年2月27日 (火)

駄々をこねだしたボンクラ首相・ABE-TAN

ボンクラ首相・ABE-TANが駄々をこねている。せっかく学級委員になれたのに、みんなが自分を持ち上げてくれない。自分が好きだといってくれたお友達の多くをせっかくクラスの役員にしたのに、みんなが協力してくれない。そこでABE-TAN、こともあろうに退学になっていた友人を復学させろと駄々をこねだした。

ABR―TANがやろうとしていることは、こんなことである。もちろん、学校が認めれば、復学というものがあってもいい。だが、ABE-TANはそんな学校は無視である。ボクは家柄もいいし、父さん、じいさんがこの学校に尽くした人だから(と勝手に思っている)ボクのいうことは聞くべし、ボクが決めるんだと駄々をこねている。

朝日新聞の社説にこうある。

「衛藤氏の復党 『鈍感力』で右旋回か

 今度の安倍首相は、テコでも動かないという決意のようだ。一昨年の総選挙で落選した衛藤晟一(せいいち)前議員の、自民党への復党である。

 衛藤氏は衆院の採決で郵政民営化法案に反対し、無所属で総選挙を戦い、落選した。のちに離党した。

 この衛藤氏を、夏の参院選比例区で自民党公認候補にしたいという。公認するからには復党が前提になる。落選議員の復党は参院選後に、という党の方針を覆そうというわけだ。

 同じ造反組で参院選の岐阜選挙区に立つ藤井孝男氏は、推薦にとどめた。 

  原則則も筋論も融通(ゆうずう)無碍(むげ)という、自民党ならではの柔軟さというほかないが、有権者には何とも分かりにくい。

(中略)

 2人はともに拉致議連で役員を務めた。先の大戦を「自存自衛の戦い」とし、政府の「謝罪外交」を批判する議員グループでも一緒に活動してきた。

 歴史教科書の従軍慰安婦の記述について「自虐史観」だとして見直しを求める「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」では、衛藤氏が幹事長、安倍氏が事務局長のコンビを組んだ。

  そんな衛藤氏の復党に指導力を発揮すれば、歴史見直しなどを訴える本来の支持基盤の期待に応えられる。断固として貫けば指導力への不信もぬぐえる――。そんな読みがあるのかもしれない。

(後略)

http://www.asahi.com/paper/editorial.html

あったものをなかったという、この厚顔無恥。日本人はいつから良心を捨ててしまったのか。

私と同世代の人は思い出してほしいと思います。私たちが少年だったころ、つまり昭和30年代、日本映画界は最盛期を迎え、多くの人たちが映画館に足を運んだものです。当然、戦争を扱った作品も多く、それらの中で「慰安婦」は誰はばかることなく、登場しています。しかも、軍の指導でという設定で。その当時、そんな映画を観て、これは間違いだ、「慰安婦」などいなかったなどと、誰かが映画会社に抗議したり、そのことがまた社会問題になったことがあったでしょうか。
 昭和30年といえば、戦争が終わってまだ10年、当時は、公然の事実として国民はそれを受け取っていたのです。それがいつしか、あんなものはなかった、民間の一部がそれらしきものをやったなどと、鉄面皮なことを言い出しているのです。

連中は「朝鮮人強制連行」もなかった、あれは自主的なものだったとも、声高に繰り返しています。あったことを隠蔽する──人間が、まして政治家なればなおのこと、絶対に犯してはならないことです。そんな連中が北朝鮮をよく非難できますね。人の痛みを理解できず、さらにそれに塩でも塗ろうとするヤカラ(そうヤカラです)がのさばっている限り、この国の政治にどれほどの希望も見出しえません。

ABE-TAN、ぜひ、読んでくだされ。
「日本軍『慰安婦』問題で日本の戦争責任資料センターが声明:歴史的事実を踏まえ冷静な対応を」(阿修羅──投稿者 heart
http://www.asyura2.com/07/senkyo31/msg/297.html


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